~北海道の山をいつまでも楽しむために~


北海道大学大学院農学研究科 愛甲哲也(山のトイレを考える会)

1.トイレ問題の対策は多様に

 これまでの関係者への聞き取り調査や登山者へのアンケート調査の結果では、山岳地へのトイレの設置を求める意見が多いものの、その対策の方向性は一様ではないことが分かってきました。それは、各人がし尿の影響を問題視し、対策の必要性を求める場合に、異なった山域や箇所を想定しているためと、各人の登山に対する考え方の違いから生じているのではと考えています。
 「北海道の山」といっても、その自然環境の特性や利用状況、山麓の社会的状況等は様々であり、一括りにはできません。おまけにそれらの状況について正確な情報が全て登山者の前に提示されているわけではないため、各人の認識がバラバラになるのも理解できます。
 また、簡単にアクセスできる場所で日帰りの散策のみを楽しんできた人と、沢や冬山をバリバリこなす人では、同じ場所でも「どのような利用が望ましいか」という認識は異なることが予想されます。そのためトイレの新設をすべきなのか、それとも登山者自身の取り組みが必要なのかといったように、トイレ問題の対策への考え方も異なることが予想されます。このような認識の相違は、年代によっても生じていることも考えられます。最近の百名山ブームで登山を始めた方と、林道もそれほど多くなかった30年以上前から山に登っている方では、場所や利用のあり方に対する認識も異なるでしょう。
 以上のことから、その山の自然環境や利用状況を客観的に調査し、山の状況や、関係者・利用者の認識の多様性を把握した上で、各地の特性にあわせた対策が検討される体制を整える必要があります。


2.段階的に利用のあり方を考える

 先に述べたような地域や利用者の多様性に配慮したレクリエーション地の計画・管理の考え方ROS(Recreation Opportunity Spectrum)が、アメリカの国立公園と国有林で用いられています。
 「ROSは、森林や山岳など自然空間を舞台とした多様なレクリエーション体験に対して、それぞれにとって最も好ましい環境を土地のゾーニング(地域区分)を通して提供しようとするものである。・・レクリエーション体験は多様であるから、それを実現させる社会的・物理的環境も多様でなければならない。そのため、レクリエーション体験は原生的なレクリエーション体験(挑戦、孤独、静けさ等を含む体験)から都市的なレクリエーション体験(安全、便利、社交等を含む体験)まで複数に分類することができる。」、この区分した体験および空間のタイプ毎に、施設の整備度合いなども異なってくるとの考え方です。
 以上のようなその場所の自然性や利用者の体験といった「その場所らしさ」をあらかじめ想定した地域区分をしておくことで、それぞれの場所のふさわしい施設整備の度合いを決めることが可能になるという手法です。この手法はまだ日本では適用された例はありませんが、公園管理者や研究者の注目を集めています。
 環境省では国立・国定公園の登山道の整備や維持管理のあり方について検討をすすめています。その中で上記のROSの考え方を応用したと考えられる登山道のレベル分けという考え方が示されています。自然公園内の歩道は、公園計画上は区分されていませんが、おおよそ園路、自然探勝歩道、登山道、バリエーションルートに分けられ、登山道も難度、自然度から3つのレベルに分け、それぞれで整備レベルを変えるというプランが提示されています。

レベル1ハイカーや初心者が気軽に歩けることを想定。高い安全性と快適性を提供し、きめ細かな施設整備・維持管理を行う。定期的な巡視を行う。
レベル2中級登山者が自らの経験や技術に従って、自己責任で利用することを想定。安全性・快適性は低く、人工的な施設整備や維持管理の程度は少なくする。登山シーズン前や繁忙期には巡視を行う。
レベル3技術・体力・装備の判断ができる上級登山者の自己責任で利用することを想定。維持管理は現状維持または最小限とし、基本的に整備は行わない。定期的な巡視は行わず、破損した場合の復旧などのみ行う。

という3つのレベルにおいて、それぞれ例として施設の整備度合いが示されています。トイレをみますと、レベル1では必要に応じて整備する、レベル2では状況によっては整備する、レベル3では原則的に整備すべきでない、としています。



3.維持管理から技術的課題へ

 山のトイレ問題の対策をとりあげた報告書や記事では、改善方法を考えるための条件として、水・電気・道路があるかどうかが重要であるとされています。それらは、管理者の目が比較的行き届き、交通の便や、動力源が得やすい、中部山岳等の山域が念頭におかれて、組み立てられているように思います。"立地条件"を検討しどの方策が採用されるべきかといったことも検討されてはいません。太陽電池、水力、風力等のエネルギー源を確保できるかどうか、土壌浄化式の処理が可能かどうか、ヘリによる運搬が可能かどうか、などを技術面・コスト面から検討してつめていくことは可能でしょう。しかし、それでも、そこにトイレが必要かどうか、という問いへの答えを導くことは不可能です。上記のような問題点の整理では、技術的側面や建設費用の負担のみがクローズアップされ、山小屋経営者が選択肢を検討することはできても、管理の手薄な北海道のような山岳地を管理する行政担当者が選択をするのには不十分ではないでしょうか。
 北海道の山岳地、特に山中の場合は、水・電気・道路のいずれも無い場合がほとんどです。登山口まで車が入れたとしても、くみ取りやトイレのメンテナンスが実際行われる場所でなくては、くみ取り式と即断するわけにもいきません。携帯トイレを使用すると言っても、これまでの調査や実績などからも明らかなように、配布や回収の体制が整わなくては十分な効果を発揮することはできないでしょう。今回行った聞き取り調査の中で、「管理できないトイレは作れない、作らない」といった行政担当者の言葉がありました。バイオかヘリ搬出か、携帯かといった、トイレの技術的問題の前に、その山ではどのような維持管理体制がとられており、望ましい維持管理体制をどう確立するかといったことを踏まえて、トイレの検討を行うことが必要だと考えます。


4.段階的トイレ整備水準とは

 以上のことから、北海道の山のトイレ問題を考える場合、自然環境、利用状況、その場所らしさ、維持管理体制を踏まえた検討が必要です。そのためには、環境省の委員会による登山道のレベル分けやROSの例にみたように、先に対象地域の自然性や利用体験を想定して、トイレの整備水準を段階的に考えていく方がよいように考えました。

山岳トイレ整備水準(案)
レベル1初級者もおとずれ、ある程度の快適性も提供するエリア。自然景観に影響が少ない範囲で処理機能もしくは搬出が容易なタイプのトイレ施設を設置し、定期的な巡視、維持管理を行う。
レベル2登山者が自己責任で利用するエリア、レベル1よりも利用数が少なくなることも想定される。周辺の自然景観に影響がないトイレ施設を設置する。巡視・維持管理は、シーズン前後、最盛期に数回のみ行われる。トイレ施設は、周辺に影響の出ない最小限のものとし、尿と便を分離できる完全貯留式とし、数年に1回搬出する。利用者には使用済みの紙の持ち帰りを基本とし、携帯トイレの使用も推奨する。
レベル3登山者が自己の経験や技術に従い自己責任で利用するエリアで、巡視・維持管理も定期的には行われない。トイレ施設は設置せず、登山者による持ち帰り、または土に埋めることを基本とし、携帯トイレを使用するためのブースを景観に影響の出ない範囲で宿泊地、休憩地点等に最小限整備するとともに、利用者に携帯トイレの使用や土に埋める場所などのマナーの徹底を図る。

以上のレベルを維持するために、利用者にはレベル区分と、それぞれの区域で何が要求されるかを周知させる看板を登山口に設置する。登山道上・宿泊地・山頂・分岐の標識には、どの区域にいるか、これからどの区域に入っていこうとしているかが分かるようなサインを加える。なお、対象地の自然景観・利用状況の調査を事前に行い、各レベルの目標や施設水準が適正であるかを評価するための事後調査も定期的に行う。具体的なレベルの設定および区域の区分は、関係機関・登山団体・一般登山者も含めた場で協議し、この協議会は定期的に開催し、事後調査結果を受けて、レベル設定、区域区分の目標達成状況・妥当性を定期的に検討する。

5.最後に

 この整備水準案は、まだ試案にすぎませんが、これに各山岳地の状況をあてはめて考えてみてください。利用状況や自然環境、維持管理の状況から、各レベルに当てはまらない例がでてくるはずです。多くの登山者が訪れているにも関わらず維持管理が手薄である場合や、登山者が少なく原始的な雰囲気を保っている場所に立派な施設が整備されていたりすることはないでしょうか。この整備水準は、現状のチェック及び関係者の議論のたたき台として有効です。この水準をもとに、そこにトイレを設置することがふさわしいということになれば、それから道路・水・電気の有無やトイレの技術面・コスト面の検討をすればよいでしょう。みなさんのご意見をいただければ幸いです。